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【ゆるゆる幸福論④】幸福感の源、自己承認とは

ゆるゆる幸福論」とは、そもそも人は幸せになるために生きている、という前提で、幸せとは何か、幸せになるためにはどうすればいいのかという人生の深~~いテーマについて、私の体験談を交えながらゆるくお話しているコーナーです。

あくまで私の考えなので、一般的な解釈とは違う部分もあるかと思いますが、誰かの心を少しでも軽くできて、幸せを感じていただけたらなと思って書いています。

マスミ

どうもどうも、中小企業診断士のマスミです。

前回「自己受容」についてお話してきました。

自己受容がある程度できていると、心穏やかに平和に過ごせていると思いますが、そこからさらに幸福度を高めるには「自己承認」が必要です。

ということで今回のテーマは「自己承認」です。

前回の記事はこちら

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それ以前の記事について確認したい方はこちらからご覧ください。

幸せの全体像、記事の構成はこうなっています。

そして「感じる幸せ」の構造はこんな感じです。

では早速いってみましょう!

この記事で分かること
  • 自己承認とは何か(私の解釈)
  • 自己承認の重要性
  • 自己承認の仕方
Contents

自己承認と幸福感の関連性

自己承認とは、自分で自分を頑張っていると認めてあげること。これは一般的によく言われていることですよね。

それが、幸福感とどう関連しているのかについて、つい最近まで、私も考えたことがありませんでした。

でも、ああなるほどと思ったことがあったので、その時のことをお伝えしてみます。

***

私は、中小企業診断士として、こんな支援者になりたいというイメージがあります。その目指している姿に到達していないから私はまだまだ努力が足りないと思っていたんですね。

でも、周りからはすごい努力していると言われることが多かったです。それはとてもありがたいです。

ただ、私には私の目標があるから、目標を達成するまでは「まだまだ」なんです。私は他人に評価されたいわけではなく、私のために頑張っているから。そう思っていました。

でもなぜか、ふと15年くらい前に考えたことを思いだしたんです。

マスミ

私って、いつも何か足りないと思ってない?
もしかしてこれは無いものねだりなのか?

と。

その当時、会社に入って毎日楽しく仕事をしていました。

でも、家庭であまり幸せな感覚を持っていなかったんですね。(今は離婚しています)

周りからは、結婚して子供もいて、高層マンションに住んでて、仕事もしてて、何が不満なの?と言われていました。

いやそうじゃない、私が欲しいのは心なんだ、アイテムじゃないんだと思っていました。

その時と何か似ていると思いました。

過去の私は心が満たされていなくて、今あるものに幸せを感じられていない人だったのでちょっと違うかもしれませんが、今の私も、まだ目標とする自分になれていないから今の状態に満足できていない、満たされていないとういう点が重なったんです。

それで、じゃあいつ心が満たされたと感じたか振返ってみました。

そうしたら、大学受験をめちゃくちゃ頑張って、目標とする大学に入った時や、診断士の試験勉強を死ぬほど頑張って合格した時のことが浮かびました。

その時によくやったと認めて、心が満たされたと感じました。

それから、昔付き合ってた人との旅行の時のことが浮かびました。その時も穏やかで楽しくて心が満たされたと感じたことがありました。

おや?

何か変じゃないですか?

マスミ

試験に合格した時と恋人との旅行が並列なのか?

そう。試験に合格したことと、旅行の時の感覚はまったく別の次元だと思いますよね。

でも、やっぱり近い感覚なんです。

その時に、はっとしました。

マスミ

もしかして、私は自分で自分を認められないから、他人にその部分を埋めてもらった時に心が満たされたと感じたのではないか?!

そうなんです。

それで気付いたんです。私は私に認めて欲しかったんだと

それが心が満たされたと感じるために最も必要なことだったのではないかと。

本当に欲しかったのは自分からの承認だったのだと気付きました。

だから、「自己承認」は幸せを感じる上でとても重要な要素なんです。

でも私は、「死ぬほど努力して目標を達成した時しか自分を認めない」というハードルを自分で作っていたのです。

我ながら厳しすぎます笑

ここ、説明が難しいのですが、幸せを感じるたに必要なのは、自分をよくやったと認める自己承認なんです。高いハードルを越えることではないんです。

よくやったと認めるために高いハードルを越えることが必要だと思うじゃないですか。

そうではないんですよ。

ハードルは自分が勝手に設定しているだけです。

私の場合は、めちゃくちゃ勉強して試験に合格したことで、それを最低レベルの自己承認ラインに設定してしまっていたということです。

これ、何かを成し遂げたことがある人はよく陥りがちだと思います。

向上心があることはとても素晴らしいですが、「自分を認めつつ」、もっと上を目指す方が「幸せ」でいられると思います。

だから、過去の努力や成果はそれはそれとして、もっと低いハードルを設定して、毎日承認してあげてもいいということです。

ということで、自分で自分を認める(=自己承認)は幸せを感じる上でとても大切だという話でした。

自己承認とは

では、前置きが長くなりましたが本題です。

私が思う自己承認は次の通りです。

  • 前に進んだ自分を認めてあげること
  • 日々の努力を認めること
  • 未来のためでなく今を生きること
  • 自己承認とは他者より能力が高いと思うことではない

詳しくみていきましょう。

前に進んだ自分を認めてあげること

先ほどの目標の話ですが、なぜ自分を認められていなかったかというと、目標に到達していないからです。

でもちょっとまてよ、と思いました。

いつも私は未来から自分を見ていたんですね。目標達成した自分と今の自分を比べて、まだ足りない、未完成だとと思っていました。

でも、ふと、過去からみたらどうなんだと思ったんです。

そうしたら、びっくりしました。

10年くらい前の私が願っていたこと、離婚したい、仕事でストレスを感じたくない、とにかく自由でいたい、、とか色々、全部叶っていました。

今の私は、過去の私から見たら、完成形だったのです。

これって、願いが叶っていない人はそんな風に思えないと思うかもしれませんが、そこまでの話ではなくて、過去の自分から見たら、変わっていることやできていることが何かしらあるじゃないですか。

それに目を向けたらいいんじゃないかということです。

↓こういうことです。

だから、前に進んだ自分を認めてあげたらいいじゃないかと思ったんです。

それでも、足りない部分はあるのは変わりません。

ただ足りないところばかり見て前に進むのは、もっとやらなければと焦燥感に駆られているからです。

でも、進んだ部分もちゃんと見て、こんなに進んだと認めると、ここまで進んだのだからもっとやれる!頑張ろう!とポジティブな状態で前に進むことができると思いませんか?

日々の努力を認めること

自分を認めるというのは、他者と比べて自分は優秀だと思うとか、能力が高いと思うとかではないんですね。

自分はよくやってる、十分頑張っているという労いの気持ちで、それでOKだよ、と言ってあげることです。

常に比較対象は過去の自分と未来の自分です。なぜなら、他人とは目指すゴール(ビジョンや価値観)が違うからです。

だから比べる必要はないということです。

そして、結果だけではなく、その途中にいるプロセスも評価すること。

まだ先にある「結果」しか評価しないと、遠すぎて、今やってもやらなくても一緒だ、という考えになって結局何も進まない、だから自己承認もできない、という悪循環になります。

先ほどの私の事例でいくと、私は「死ぬほど努力して目標を達成した時しか自分を認めない」というハードルを自分で作っていましたね。

だから試験勉強をしていた時と同じくらいの努力をしていない自分をサボっているかのように感じていました。

でも、自分で自分を認めると幸せになれる、私は私を認めたいんだと認識したので、その高いハードルを変えたらいいんだと思いました。

そんなことできるのか?と思いますよね。

今までそこまでしないと認められなかったのに、急ハードルを下げられるのかと。

そう。私もそう思いました。

ただ、ひとまず

マスミ

わ~、今日の私、めちゃくちゃいい仕事した!最高だったよ!

と、言うことにしてみました。

とりあえず、今日頑張った私を認めようと言葉にしました。

そして毎日

マスミ

今日は計画2つも終わらせた!すごい頑張った!

マスミ

今日もいい仕事した!

などと、言っているうちに、それでいいような気になったのです。

目標とするような理想の自分になれたわけではありませんが、今の自分でも十分やってるよね、という感覚になりました。

そして何かしら頑張っていることに気づくので、小さな前進をしているという感覚にもなったんです。

だから、夜疲れて仕事をせずに寝てしまった時、以前の私は

マスミ

サボってしまった、こんなんじゃ目標が遠のく

とか、本を読みたくても読めていない時に、

マスミ

インプットが足りていない、前に進む努力ができていない

などと自分にダメ出しをしていたのですが、それがなくなりました。

今は、仕事をせずに夜寝てしまっても、

マスミ

昼間十分やってるんだから休むのは当たり前だし

とか、本を読めていなくても

マスミ

まあいいや。必要な時に読めば

とか、とにかく

まあいいやが多くなりました。

これまでも無理していたわけではなく、やりたくてやっていることではありましたが、自分をまだまだだと思わなくなり、安心して休めるようになったんです。

これって、自分を甘やかしているんじゃないの?と思うかもしれません。

やらなければ!!!!という強い焦燥感に駆られた方がそれが原動力になるんじゃないかと思うかもしれません。

でも、そうではないんです。

なぜなら「価値観」と「ビジョン」が明確にあるからです。

なぜ努力をしているかというと、目指す自分になりたいからですよね。

ではその目標は、本当に自分が達成したいものなのでしょうか。

価値観、ビジョンが明確にあって、そこが未達の状態であれば、今の自分を認めたからといってこのままでいいや、と思わないでしょう。

そういうことです。

ですから、価値観やビジョンをしっかり認識して生きることが大切なんです。

これを達成することが「手に入れる幸せ」になるわけですが、まずは自分の価値観は何か、目指したいビジョンは何なのかを考えて言語化することが第一歩です。

それがあれば、自分を甘やかして、このままでもいいやと自堕落になることはありません。

そしてもし、このままでもいいやとなったとしたら、それはそれで幸せだと思うんです。

だって私たちは目標を達成することが目的ではなく、幸せになることが目的ですよね。

だから、焦燥感に駆られて苦しみながら生きているよりも、自分よくやった、これでも十分だな、と自分を認めて現状維持で止まったとしても、その方が心が穏やかで幸せじゃないですか。(追われている感じが好きでやっている人はそれでいいと思います笑)

私の場合、夜仕事をせずに寝る事が増えて、仕事の進みが遅くなったかもしれませんが、元々早く仕事をするタイプなので全く支障はでていないです。

そして、もしかしたらゴールまで辿り着くスピードが落ちているのかもしれないですが、自己承認できずに死ぬ気の努力をし続けてなかなか自分に承認してもらえない状態よりも、多少辿り着くのが遅くなっても自分に承認してもらいながら進む方が幸せじゃないか、と思いました。

結局は早くゴールに辿り着くことが目的ではなく、幸せでいることが目的だからです。ゴールに辿り着くのは手段だから、これでいいと思っています。

未来のためでなく今を生きること

未来の理想像になるために努力をしているわけですが、今の自分を認めてあげられないというのは、目標を達成するまでの間は、認める価値がないということになってしまっています。

例えば、試験勉強を死ぬほどして試験に合格してやっと自分よくやったと認めるとします。もし落ちてしまったら?死ぬほど勉強したことは全く価値がないか、といったらそんなことはないですよね。

そもそも死ぬほど努力できる才能があり、それを継続できた精神力もあり、勉強で得られた膨大な知識はこの先役立つことは明らかです。

だから、「結果」だけでなく、その道中にいる「」にも価値はあります。

そして達成した瞬間よりも道中の方がはるかに長い時間をかけています

だから、「今」を一生懸命生きて楽しむことで得られる幸福感の方が、達成した時に味わう一瞬の幸福感よりもたくさんの幸せを感じることになると思いませんか?

だからよく

かみさま

「今」を大切に生きるんじゃ

と言われます。

ただ、私はその感覚が最近までよく分かりませんでした。

でもなるほど!と思ったことがあります。

***

私は今中小企業診断士として独立して3年目です。

仕事内容は、経営改善のための事業計画、返済計画などを策定することが多いのですが、かなり難しい仕事だと思います。

でもそれができるようになりたい!と思って勉強して、経験を積ませていただいて、今は一人で担当して金融支援に必要な計画書が作成できるようになりました。

そこでふとこの仕事をやり始めた時のことを思いだしました。

約2年前、初めて一人で簡易計画を完結できた時、めちゃくちゃ嬉しかったなと。

今はもっと難しい計画書を完結しても、そのような喜びはないです。頑張った!とは思いますが、やった!!!!とケーキを買ったりしないです笑

だから、もう、1人で計画を完結できた喜びは二度と味わえないんです。

それは、未来から見て今の私にも言えます。

今私は、自分の計画書で社長が喜んでくれて、金融機関さんにも評価いただいて、頑張って良かった、楽しい、という感覚でいます。

でもあと5年先は?同じ感覚で喜べるでしょうか。

多分変わっているはずです。(きっとその頃にはまた違う喜びはあると思いますが)

だから、目的地に辿りついていない「今」にも、今だから味わえる楽しさや喜びがあるんです。

それに気付きました。

だから、今、目標とする場所に辿りついていなくても、前進した自分を認め、その喜びを十分味わおうと思いました。

これが「今を生きる」ことだと思いました。

自己承認とは他者より能力が高いと思うことではない

自己承認は他者との比較で自分て能力が高い、出来る奴だ、と評価を上げることではないんですね。

自己承認は、自分の行動や努力を頑張ったねと思ってあげることです。

やったことを認めるということです。

自分は能力が高い、自分は仕事ができる、自分はやればできるやつなんだなどと自己評価を上げることは「自己効力感」に近いです。ただし、他人と比べる必要はないんです。

客観的に見てとか他人が見てという視点は全く必要ありません。

何度も言いますが、比べるなら過去の自分と比べればいいのです。

ですから、他人から褒められたことがないから自分を認められないと思わなくていいんです。

昨日よりも少し前に進んだこと、少しでも頑張ったことを当たり前のことだと流さずに、頑張ったと認めてあげてください。

感覚としては、認める相手を「自分」だと思わないことです。他人だと思って認めてあげようとすると案外頑張ったことが見えてきます。

まとめ

ということで自己承認についてお伝えしてきました。

以下まとめです。

私は私の承認を一番必要としている

心を満たすには「自己承認」が最も重要。そもそも自分が一番欲しいのは自分からの承認

1.前に進んだ自分を認めてあげること

目的地に到達していなくても、これまでに歩んできた距離(前進したこと)を認める。そうすることで、「足りない」という焦燥感ではなく、「ここまでやれたのだから次もいける」というポジティブに前進できる。

2.日々の努力を認めること

自己承認とは、他者より優れていると思うことではなく、自分に対して日々の前進を認識し、「よくやってる」と労いの言葉をかけること

高いハードルは必要なく、ハードルは下げれば良い。

3.未来のためでなく今を生きること

目標達成の瞬間は一瞬だが、そこに至るまでの道のりは長い。だったらその道中を楽しむ方が幸せ。

今しか味わえない喜びや感動に気付くこと。

4.自己承認とは他者より能力が高いと思うことではない

自己承認は他者と比較する必要は全くなく、他者との能力比較でもない。

自分が前進しているプロセスや頑張っていることを認めてあげる。

私のように、自己承認がそんなに大切だと認識せずにいた方も多いのかなと思います。

でも、私は意識するようになって、明らかに心が穏やかになったので、あまり考えたことが無かった方もぜひやってみてください。

次回は、自己承認と他者承認の違いについてお話ししていこうと思います!

マスミ

ではまた!

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この記事を書いた人

マスミのアバター マスミ 中小企業診断士

メーカーにて営業職を10年経験した後、2023年5月に中小企業診断士として独立。
経営戦略やマーケティングに関する記事のほか、営業としての考え方、コミュニケーションのコツなど営業に役立つノウハウも分かりやすくゆる~く書いています。

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