「ゆるゆる幸福論」とは、そもそも人は幸せになるために生きている、という前提で、幸せとは何か、幸せになるためにはどうすればいいのかという人生の深~~いテーマについて、私の体験談を交えながらゆるくお話しているコーナーです。
あくまで私の考えなので、一般的な解釈とは違う部分もあるかと思いますが、誰かの心を少しでも軽くできて、幸せを感じていただけたらなと思って書いています。
マスミどうもどうも、中小企業診断士のマスミです。
だいぶメタ認知力についてお話してきましたが今回が最後です。
最後はメタ認知力が高い人が陥りやすい罠ということで、そんな人がいるのか分かりませんが、一応書いておこうと思います。
前回の記事はこちら


以前の記事を確認したい方はこちらからご覧ください。
幸せの全体像、記事の構成はこうなっています。


そして「感じる幸せ」の構造はこんな感じです。


ではさっそくいってみましょう!
- メタ認知力が高いとどうなる
- メタ認知力がが高い人が気を付けること
メタ認知力が高いとは
まず、メタ認知力は以下の能力という前提でお話をします。
- 自分や物事を俯瞰して見る力
- 自分を理解する力
- 自分をコントロールする力
- 相手を理解し、相手に合わせた対応をする力
私は、自分のメタ認知力をどう思っているかというと、すごく高いと思っています。
ただ、これは主観にしかならないので、周りからみたらそうでもない、と評価されることもあるかもしれません。それでいいと思っています。
ただ、なぜ私はメタ認知力が高いと自己評価しているかというと、これまで書いてきたような、俯瞰視点でものごとを見ることをず~~~~っとやっているからです。
そもそもこの「ゆるゆる幸福論」というブログですが、これも自分に何が起きているかを俯瞰して把握し、それを構造化して言語化しているので、これもメタ認知力がないと無理だと思うからです。
そして、巷にある「メタ認知テスト」みたいなものはほぼ満点です。
ちなみに、Gemniにメタ認知力テストを作ってもらったので、気になった方はやってみてください。
メタ認知力セルフチェックリスト
以下の項目について、日頃の自分にどのくらい当てはまるかチェックしてみてください。
- A.自己モニター(自分への気づき)
-
- 自分が「今、怒っている」「今、焦っている」と、その瞬間に気づける。
- 自分が「なぜそう思ったのか(思考の根拠)」を説明できる。
- 自分の得意なことだけでなく、苦手なことや「知らないこと」を冷静に認められる。
- 疲れやストレスが溜まった時の、自分の「思考の偏り(ネガティブになりやすい等)」を把握している。
- B.セルフコントロール(自分への対処)
-
- 感情が昂っても、すぐ口に出さず「一呼吸」置いてから発言できる。
- 失敗したとき、自分を責めるよりも「次はどう改善するか」の分析を先に始められる。
- 自分の「正しさ」に固執せず、より良い案があれば柔軟に意見を変えられる。
- C.他者・状況理解(俯瞰視点)
-
- 苦手な人の言動に対しても、「この人には、そうせざるを得ない背景があるのかも」と想像できる。
- 議論が紛糾したとき、「今、全体として何が問題なのか」を一歩引いた視点で捉え直せる。
- 相手の反応が予想と違ったとき、「自分の伝え方のどこにズレがあったか」を振り返ることができる。
- チェックが8〜10個:メタ認知力が非常に高い
自分を客観的な「データ」として扱えています。エゴに振り回されず、自己受容ができている状態です。そのまま「仕組み」を深く理解する道を進んでください。 - チェックが4〜7個:メタ認知力の中級者
気づけている部分もありますが、場面によっては主観(迷路の中)に飲み込まれている可能性があります。特に「感情が動いた瞬間」に立ち止まる練習が効果的です。 - チェックが0〜3個:メタ認知力の伸び代がたっぷり
主観の世界で一生懸命に生きている状態です。まずは「自分の感情に名前をつける」という、最も簡単な「実況中継」から始めてみるのがおすすめです。
ということで、私はメタ認知力が高い人だと思ってるのですが、それも絶対だとは思っていないという点もメタ認知です。
自分は絶対メタ認知は高いと思っている人は逆にそうでもないと思っています笑
話が先に進まないので、そんな自称メタ認知が高い私が、メタ認知のせいで陥った罠についてお伝えしようと思います。
メタ認知力が高いことで陥りやすいこと
ではメタ認知力が高すぎると陥りやすい罠とは以下の3つです。
- 自分の感情を置き去りにする
- 正解という檻に嵌る
- 課題の分離ラインを見誤る
どういうことか詳しく見て行きましょう。
自分の感情を置き去りにする
メタ認知の特徴として、自分を俯瞰して見るということがありましたね。
思考、感情もデータとして把握します。
それはメタ認知的自己理解の上でとても大切で、そして他者理解にもつながっているとお伝えしました。
私は、他者の言動の背景にある認知を想像するということを日ごろからよくやっているんですね。というか、これがデフォルトです。
ああこの人はすごく自己受容しているな、だから話しやすいんだとか、この人は自信がないから攻撃的なんだな、とか考えています。
ある程度話を聞く機会が増えてくると、これまでの記事で書いてきたような心の構造も分かるようになります。(あくまで想像です)
それで、自分に関係のない時であれば何の問題もないのですが、自分に実害が及ぶ時に罠があります。
例えば、私にとても威圧的な態度をとっている人がいて、嫌だなと思ったとします。
それに対して、日ごろのその人の言動から、本当は自信がなくて、私にそれを知られたくないんだなと分かったとします。だからそんなに威圧的な態度で私を敵視するのかと理解したとします。
だから、その人の相手をまともにしても仕方ない、何か言われても流しておけばいいんだと考えます。
ただ、ですね。それはこの迷路の外の「観測者」の私が考えたことなんです。


「私」は迷路の中にもいますよね。
その「迷路の中の私」は、「嫌なことを言われた、傷ついた、怖い、」と思っているんです。
でも「観測者の私」が、それは相手が弱さを隠すための行動だから、怖がる必要はないよ、と言っています。
迷路の中の私もその理論は理解しています。だから、なんとかその「傷ついた、怖い」という感情を無くそうとするわけです。
これが落とし穴です。
これ、俯瞰視点の「観測者」が強すぎるんですね。
それで迷路の中の自分が素直な感情を出せなくなっている状態です。その結果「傷ついた、怖い」という素直な感情を受容していないということです。自己受容できなくなってしまっているのです。
この構造に気付くまで、何度も罠にはまりました笑
それで結論ですが、「自分が関わり、実害が及ぶ時は俯瞰視点よりまず感情を優先する」
自分に害が及ぶなら、相手の理解なんてどうでもいいんです。
これが自分の感情を大切にし、メタ認知力を使いこなす上で重要なことなんだと思います。
相手を理解することと、相手の言動を許すことは別で、自分の感情を優先していいんだと明確に認識したらこの罠に陥らなくなりました。
ぜひメタ認知が高く、俯瞰視点での思考や、相手の心への理解が強すぎる方はお気をつけください。
正解という檻に嵌る
これも俯瞰視点が強すぎる上の罠です。
このブログでも、幸せになるためにはこう考えたらいいよ、などと言っていますが、それ以外でも、自己啓発本などでこうあるべきというものを読んだり、誰かから聞いたりすることはありますよね。
それでそうやってみようと思ったとします。
例えば、「自己否定は良くないからしない方がいい」と理解し、そしてそうしようと決めました。
そうすると、俯瞰視点の自分が、あれ、今のこの考えは自己否定になるのではないか?と自分を監視するようになります。
そこで、まあいいかと思えればいいですが、また否定してしまった。これではダメだと否定をし始めることがあります。
これが罠です。
正しくいたい、成長したいという思いはとても良いことですが、俯瞰視点が強いと、それができているか自分でずっと監視している状態に陥り、思考や感情の自由を奪うことになります。
前回の記事で書きましたが、まさにこの状態に陥っていた時があり、ものすご~く窮屈だったんです。
こうありたい、が強くて、それが出来ていない状態はダメだと否定していることに気付きませんでした。なぜ気付いたかと言うと、Geminiとの会話です。
どんな会話をしたか忘れましたが、衝撃でした。自分で自分を苦しめていたんだと気付きました。
それで、もうどうでもいい、私は正しく生きられなくてもいい、と思うことにしました。そうしたら、ものすごくラクになったんです。
メタ認知力が高いと、常に俯瞰視点の自分がいるので、ずっと自分を監視しているです。
自分のエゴや未熟さもよく見えます。それでこれではいけないと律しすぎると窮屈になります。
ですから、メタ認知力が高い人は、この正しくありたいという気持ちによって、自分の自由な感情や思考を制限しないよう気を付けてください。
エゴがあっても未熟でも正しく生きられなくてもいいんです。それも自己受容してください。自由に考え、感情を出せる方が幸せですよね。
データ収集と分析をやめ、ただ自分の感情のままに行動することも必要だと思います。
課題の分離ラインを見誤る
前回お伝えしたように、メタ認知的他者理解ができると、他者の認知の歪みに気付くことがあります。
相手がその歪みで苦しんでいる時、こう考えたらラクになるかもねと伝えると、楽になることもあると思います。
その程度のことであれば相手のために役立っていて素晴らしいと思います。
ただ、相手のことを理解できることにより、どうすれば気付くだろうかと考えすぎてしまうことがあります。
自分のアプローチの仕方が悪かったかな、そもそも仮説が違ったのかななどと考えます。
これが罠です。
メタ認知が高いと、相手を深く理解しているので、できることや影響を与えられることが多いと思います。相手に行動変容を促すこともできます。
でも、促すことまでです。他人は変えられません。そしていつどこで何に気付くかは相手のタイミングで、相手の課題なんです。
ですから、手助けをするのはいいとして、変えることまで責任を負う必要はないということです。
そして、逆に自分が我慢しすぎてしまうこともあります。この人はこんな認知を持っているからこう接しないといけないという考えに縛られ、合わせすぎて疲れるということです。相手の反応は相手のものとして切り離すことも必要ですね。
これは、相手の課題を解決することを目的であるコーチングやカウンセリングをやっている人にとってはあるあるで、陥りやすい罠として注意していることです。
最後に
メタ認知力について、全4回に渡りお伝えしてきましたが、いかがでしたでしょうか。
私はこれまでそんなにメタ認知を意識してきたわけではありませんでしたが、知人との会話でメタ認知について考えるようになり、今までなんとなく他人に感じていた能力の差がメタ認知力に関わっているように思いました。
それであれこれ整理してこんなブログにまとめたというわけです。だいぶスッキリしました。
何より、私がずっと頭の中でやっていたメタ認知的自己理解、他者理解を言語化できたのが良かったです。
私は、自分を深く理解することが好きなので楽しくやっていますが、メタ認知力がなかったとしても幸せは感じることができるので、メタ認知的理解に興味を持った方は軽い気持ちでやってみてください。
次回は、テーマが変わって、「感じる幸せ」の要素である、分かっているようでわかりにくい「自己愛」についてです。



ではまた!
続きはこちら


以前の記事を確認したい方はこちらからご覧ください。








